昭和47年7月20日 朝の御理解
                         中村良一
御理解 第67節
「何事もくぎづけではない。信心をめいめいにしておらねば長う続かぬ。」



信心が長う続かねば、信心を、せっかく頂く、値打ちが無い。それには、こうでならなければならぬ。あぁだという事ではない。それは、その人その人の、やはり、生き方というものがありますから、めいめいの生き方で、信心を進めて行ったら良いのだと。何事も、くぎづけではない。ね。もう、これで決まってしまうとか、と言うのではない。いつも、信心は、生き物だと。生きた信心でなからねばならぬ。だから、成長を遂げるかと思うと、また、油断をすると、また、枯れてしまうと言った様な事にもなる訳です。けれども、私は思うのに、その信心の基本となるところ。また、ここだけは、ここまでは、一様に、誰でもが分かっておらなければならないという事。ね。そこは、私は、そこまでは一様である。同じである。それから先が、めいめいの信心の進め方が、それぞれに違っても良い。ま、例えて言うなら、仲間での生き方あって良し、久留米の生き方あって良しという事になるのじゃないでしょうか。ね。
私は、今朝方、お夢の中に、私の心と、私との肉体との対話を聞いた。私の心と、私の肉体とが、対話をしておると。ね。心がね、私は、世の中の全てのものが好きだと、心が言ってるんです。それに、肉体が、そう、何でもそげん好かんでも良いだろうという意味の事を言ってるんです。心はね、もう、世の中の、一切のものが好きだと、こう言ってる。ね。例えて、言うならば、食べ物にしてもそうです。もう、甘いものであろうが、辛いものであろうが、いや、臭いものであろうが、好きだと心が言っておる訳です。ところが、いわゆる、肉体は、それと反対に、そんなにそげん、甘かもんも辛いかもんも、何でん好かんでもと、こう言っておる。ね。食べ物のことじゃないですけれども、一事が万事がそうです。
私は、今日は、この、六十七節を頂きます、ね。ここまでは、同じなのだ。ここまでは、みんなが、めいめいであってはならない。同じなんだと。ここまでは一様でならなければならない。と言うのは、そんなことだと思うのです。という事は、どういう事かと言うとね。またあの、言葉を変えて言うと、心は、一切が神愛だと信じておる。自分の心には、それが分かっておる。一切が神愛であるという事が分かっておる。けれども、身体、ね、いわゆる、五体が言う事を聴かぬと言うでしょう。身体が、いわば、言う事を聞かないと言うのでしょう。その辺の所からです、私は、お互いの信心が、めいめいになってくるんだと思うのですよ。ね。朝昼晩、例えば、お参りをする。そげん馬鹿んごと参らんでっちゃ、信心に、金光様の信心なそげなものじゃないち言うて、参りが出来ないものは、それを、かえって、非難したり、非業したりする。ね。だから、それから先は、めいめいなのである。けれどもその、根底になるもの、根本になるもの、ね。そのところは、自分の心の中に、ここまでは分かっておかなければならないという事は、ね。世のかなの全てのこと、生きる、死ぬると言う、大問題から、ね。日々起きてくる、一切の、それは、嬉しいこと、悲しいこと、全て、含まれておりましょうけれどもです。その一切が、神愛だと、心では、分かっておかなければならない。けれども、身体がね、身体は、そういう訳にはいかん。なかなか、身体が言うことを聞かぬ。その辺の所がです。私は、私がしよるようにせにゃ、本当は信心じゃないていう事は無いという事。ね。でないと、信心が狂うて来る。だから、そういう様なところを、一つ、根底としてですね。おかげを頂かせてもらい。お互い、おかげを受けておる人達の信心というものを、まぁ、参考にしたり、ね。それを、見習わせて頂いて、ね。おかげを受けておる者が、こうしなければならんというのじゃなくて、おかげを受けたい、また、受けねばならない人達がです。なるほど、あぁいう生き方をすれば、あの様なおかげが受けられるという信心に、進んでいかなければいけないと思う。
昨日、旗崎教会で、信心の共励、筑水信徒会の信徒集会がございました。ここから、高橋さんと、秋永先生がお出でられる。秋永先生は、後から、最後まで残って、こちらへ帰って見えました。私も、食事をせずに待っておりましたから、一緒に食事をさせて頂きながら、その模様を聞かせて頂いたんですけれども。何と言うても、信徒会に、平田さんが見えとらんとですね。やっぱり、信徒会は、信徒会らしくないと。今日は見えておってから、久し振りで、あちらの話を聞かせていただいたが、何と言うても、会うたんべんに、変わっておられるのに驚くち言うて。もう、年は、七十からになられるでしょうか。その平田さんがです。いつも、これ一点張りというのではなくて、その、何時も信心が変わっておる。いわゆる、信心が、くぎづけで無い証拠なのです。ね。もう、幾つになったから、これち言うことは無い。信心は、もう、それこそ、何時も、生き生きとして、信心が新たな進展を遂げ、展開を遂げておらなければならないという事。いつも、だから、お話が斬新だと、こういう訳なんです。
なかに、まだ、初代が居られるころだったでしょうが、平田重吉、その人、いわゆる、私は、どうしてこんなに、おかげを頂くじゃろうかち言うて、その言われたら、先生が仰ったそうです。あんたが、一番参ってきたもんな、と仰ったそうです。私は、それを聞かせて頂いてもう、わけも分からず感動しました、その話を、その一言を聞いて。自分は、どうしてこんなにおかげを頂くじゃろうかと。そしたら、親先生が、あんたは、はぁ、あげな信心もしたもんな、こげな信心もしたもんな。人の真似の出来んごたる、こげなこつもしたけんち、いわゆる、仰らじゃったち。ね。あんたが、一番、参ってきたもんなと仰った。何が、私が、その一言を聞いて感動したじゃろうかと、自分で思わせていただいたんですけれども。親先生の、いわゆる、あんたが一番、参ってきたという事は、ね。お参りをしてきたと言うだけの事ではない。あんたが、一番、打ち込んで信心をしたもんなという事であろうと思うた。信心は、どうぞ、その身から打ち込んでと、こう仰る。その身から、打ち込んでの信心で無からなきゃいけません。いわゆる、あの人が、あぁだから、こうと言うのじゃなくて、もう、その身から、自分の心から、打ち込んだ信心で無からなければなりません。そういう意味でです、例えば、もう、それこそ、青年時代の、平田さんの話を聞かせていただいて、今日の話を聞かせて頂いても、そういう意味での迫力という事においては、もう、本当に、驚くばかりですよね。あんたが、一番、参ってきたと仰る。ね。それは、参った、拝んだと言う意味じゃ、その内容というものは、あんたが、一番、その身から打ち込んだもんなという事であろうと、私は、昨日、その感動の後に思いました。ね。
帰りに、秋永さん、あんたに、ちょっと用事があるけんでと、そんなら、私の車でお帰りくださいち言うてから、あっちまで送ってあげた。まぁ、あちらへ行かせて頂いてから、今日、あちらへ行かせて頂きましたら、恐らく、最近、金光様が、お書き下げになったんじゃろうと思いますが、もう、見事な額が掛かってました。それには、日々、何ですかね、是好日かね。いわゆる、毎日毎日が好い日だという意味の事が書いてある。もう、それはもう、見事なその、紙質といい、紙の、墨の色といい、もう、実に見事な、金光様のお書きになったものが、掛かっとったと言う話をしておられましたが。私は、その話を聞いておったからじゃろうか、今朝、私が、お夢を頂いたのが、はと、そのお夢じゃろうと思いました。ね。日々、好い日という事が、どういう事かというと、もう、本当に、一切が神愛だと、私の心はもう、信じきってるのです。毎日、毎日が、それを降ろうが、照ろうが、もう、毎日が、好い日だと、確信してる訳です。暑い日もありゃ、寒い日もある。ね。
昨日の、昼の御理解の、一番初めに、申しておりますように、今日は、慈悲の日、または、愛の日、神心の日と、日々を、神に向かう心を作るために精進したら、さぞ、ありがたいことであろうと言うのが、一番初めでしたですね。今日は慈悲の日、ね。または、愛の日、神心の日としてです。日々、そこに焦点を置いて、精進させていただいたら、さぞかし、有難い事になるだろうと。ね。信心させて、なるほど信心はくぎづけではない。けれどもです、もう、日々が、有難い日であると言う確信。いわゆる、神愛の中に起きておる事なんだと言う、思い込みと、ね。ほんなら、信心は、めいめいにしておって良いのだけれども、何時も、その、自分の心というものがです。その身から、打ち込んでの、ね。慈悲と言うのは、まぁ、仏教から引いた言葉です。愛の日、愛と言うのは、キリスト教から引いた言葉。神心と言うのは、御道の信心の、いわば、焦点と思うところです。ね。そういう、尊い心を目指しての、日々であり、精進でありたいとこう、さぞかし有難いことになるだろう。それは、実をいうたら、有難い。それは、私自身が、取り組んでからの事なのですから。ね。
本当に、有難い事だなぁと、思わせてもらいます。つい、この頃までは、合楽の信心がと、まぁ、良い意味合いではなくて、色々、非難を受けておったんですけれども、最近、平田さん辺りの場合なんかはもう、どこへ行かれても、合楽の話だという事です。秋永先生、ちょいと、私が、寄ってくれんのち言うて、まぁ、様子見なったのも、合楽に、こればいっちょ、持って行ってくださいと言うてから、もう、何時も、本当にもう、どうにも仕様がない、こちらからお返しするものは無い。もう、とにかく、平田さん方やら、安田さん、櫛田先生ところね、本部の、とこあたりは、もう、とにかく、あのように、ふんだんに恵まれておられるのですから。何を持って行ってお返しして良いやら分からんぐらいにあるのち言うて話したことです。頂くばっかりで。しかも、その、合楽に、何をなさららなきゃならん、義理も無いのに。
昨日も、あちらの、若大将さんですから、しらつねを一缶、大きなね、あの、あっち帰るならもって行ってくれろ言うて託けられたと、こういう訳なんです。しかしまぁ、もう、貰うたけん有難いじゃないけれどもね。合楽の信心は、それを、段々、思い、認めておって下さるという事、という事が、私は、有難いと思いますよね。その平田さんが、二十数年前には、どういう事であったかと。ちょうど、甘木の教会で、本部から、佐藤和夫先生が、教官。博敏先生が随行で、お見えられまして、九州中の、主だった信者。それから、主だった先生方ばかりが集まりましてね。四五十人ぐらいだったでしょう。集まりが、その、いわば、主だった信者の中に、私、久留米地区から、私が、まぁ、選ばれて参っとりました。もう、修行の、一番修行の時分でした。まぁ、色々、発表があります時に、私は、一晩泊まりでございましたから、今日、持ってまいりましたお米も、実は、家内が近所にお米を貸しておった、五合かなんか、米を、まぁ、ほんの貧民屈の中におりましたからね。貸しておったのが、もう、長いこと戻さなんから、あの、当てもしてなかったところが、ちょうど、私が、甘木にやらせて頂く、朝、あの、いつまっでん持ってこんなと言うて、あの、持って見えた。私は、そのお米のなかなら、今日は、実は、お米の何合というて、持ち寄らんなん。そのお米も、実は、持って来られないところでしたから、今日は、日帰りでもさせていただこうかと思いよったと。けれども、おかげで、泊まって、この会に、会うことが出来た。旅費、お金も、実は、私は今日は、朝のうちに金策に、お初穂やら、旅費やらいるから、唐人町の市場まで、ちょっと、やらせて頂いた。そしたら、勿論、金策は出来ませんでしたけれど、ちょうど、福岡の、今の親奥さんです。親奥さんが買い物に見えておってから。大坪さん大坪さん、あーた、善導寺のほうに帰りなさるですかち、こう言われますけん。はぁ、今日は、甘木に行って、明日の晩は、善導寺に帰りますち言うたら、そんなら、あーたにお願いしちゃならんけれども、この頃から、星野から、あの、お茶の、お茶をお願いしとったち。それで、あの、お茶だけ貰うて来て、お金あげとらじゃったけん、すみまっせんばってん、帰りなはる時持って行って下さいと言うて、五百円、お金を託った。その、託ったお金が、今日の旅費になり、旅費であり、または、お初穂であって、私が、善導寺に帰らせて頂くまでには、是は、必ず、お繰り合わせを、善導寺じゃお繰り合わせにならんとですから、お返しすることは出来ると、まぁ、確信一杯で、お話したんですよ。もう、本当に、あの、一部の方達なんか、私が、便所に立ったら、何人か、ぞろぞろ着いてきてからですね。今日は、初めて、生き生きした話しば聞いたと言うて、便所まで、着いてきた方たちがありました。そしたら、その話をしたら、今の、樋口つぁんと、平田さんが、私のそばにやってきてから、あげな話をしてからち。金光様の信心しよら、そげな貧乏てんなんてん、いっちょん、するはずはなかと言うて、私を、責め立てられたです。樋口つぁんと、平田さんが、その、個人にですよ。一般に、発表じゃなくてから。それを聞いておったのが、私の横の、今の北九州で有名な、三橋という信者さんがおられます。その人でした。その横が、甘木の初代が座っておられた。私は、どうしてあの時分に、甘木のすぐ、横の横に席を取らせていただいて、それこそ、あの、身近にお話を頂いたんですけれどもね。その話を、私、何時も、良くしよりましたら、去年か、一昨年かでした。ここでの、信徒集会があった時に、三橋さんが見えて、ちょうど、時間前に、うちの応接間で、ちょうど、樋口つぁんと、三橋さんと、私と、あの、お茶頂いて、はぁ、樋口つぁん、あーた、もう、十何年になるじゃろかち。あんたと平田さんが、あげなこつ言うたこつがあったろがち。そん時の人が、今の、ここの大坪先生ばのち言うちから、言われますとじゃ。そん時の事は、あんまり、ひどいこと、あんたどんが言い方したけん、ちゃんと覚えとったと、こう言われましたがね。まぁ、その話は、今日の御理解から聞くと、如何に、信心が、くぎづけでないかという事が分かるでしょうが。ね。けれども、その、根底になるもの、根本のものは、何時も、同じであったという事。神様の、一分一厘、働きの間違いがない。そりゃ、貧乏こそ、しとるけれども、なら、いよいよ、お米が要るときには、何合かの米でも、ちゃっと、持ってきてくれる人があり。それは、自分の金ではないけれどもです、言うならば、福岡から、甘木、そして善導寺に帰るまでに、だから、そこまで来る金は、託った金ではあるけれども。託ってきて、それが、今日の旅費になり、お初穂になってるんだと言う話がですたい。如何に、神様の、絶対性というか、間違いのないという事を、ふんまえてからの話であったという事なんです。ね。だから、私は、そん時に、平田さんと、樋口つぁんに言うたことは、私が、何時まで貧乏せんならんちいう事を、そげん、決めてばしおんなさるじゃら、申しました。私が、何時まっでん、貧乏せんならんという事なら、そら、あなた方から、言われても仕方がないけれども、現在は、今の時点では、これなんだけれども、私はもう、この調子で、絶対、おかげを頂くと言う話を聞いて頂いただけの事だと。それを,樋口つぁんと平田さんは、その当時の、平田さんと樋口つぁんは、私に、そう言われる。十何年後のこんにちは、もう、本当に、言うならば、私の信心、合楽の信心というものは、もう、見てない。しかも、あれほどしの信心をなさる、この平田さんがです、ね。合楽の信心を認めて見えられた。信心がくぎづけではない、その、何時も動いて、進展、もう、留まることを知らない、ここ、二十年間の、合楽の信心というものを思う時にです。なるほど、くぎづけではないなと、今にして、樋口つぁん、平田さんが、思いなさるだろうと、こう思います。
樋口つぁんが言われました。大坪先生、そげん、ほんなこつだろうか。私は、そげんこつば、言うたじゃろうかち。んにゃ、あんたが、いくら言うたっちゃ、私が、ちゃんと、そばで、隣で聞いとったち、三橋さんが言いなさるとですたい。いいえ、そうでしたよち。うちの信者で、よう、その話ばするこっで、そげな話ばしなさってからち、えらい、言われましたけれどね。そういう方でした。ね。けれどもです。そんならば、甘木の先生が仰った。平田さんが仰ったと言うね。どうして、自分は、こげんおかげ頂くとじゃろかと。そりゃ、あんたが、一番、参ってきたもんなと仰った。ね。もし、ほんなら、善導寺の親先生が、私が、どうして合楽の親先生は、おかげ頂くじゃろうかち、私が言うたら、善導寺のの親先生が、あんたが、一番、打ち込んだもんのち、仰るじゃろうち思います。ね。ですから、私は、なるほど、信心は、くぎづけではない。めいめいにしておかねば、長う続かん。長いう続かなければ信心の値打ちは無いのです。かというてです。もう、自分のね、ただ、気の向いたときだけの信心という様な意味ではないという事。その根底、根本になるものは、ここだけは、絶対のものとして、頂いておかなければならない。それから先が、めいめいだと。そこに、ほんなら、大坪流があって良し、平田流があって良いのだという事なんです。ね。その根底をなすものはです。私の心が、ね、私はもう、一切のことが好きだと言うておる。身体は、そげん、何でんかんでん好かんでんと、こう言ってる。ね。それは、心は、一切が神愛だと、確信しきっておるけれども。身体が、神愛と分かっておりながら、不平を言ったり、不足が出たり、いわば、悲しんではならんところに、悲しんだり。腹を立ててはならんところに、腹を立てたりする。五体と心が、ね。なかなか伴わない。けれども、心に頂いておる、ここだけは間違いがない。また、みんなが、同じでなからねばならんところはです。一切が神愛だという信心が無からなければ、そこに、チャンスを頂いてもです。その身から、打ち込んだ信心が出来んのです。同時に、打ち込むならばです。絶対の間違いの無い信心というものを、心が、先ず、感じ取って、そして、それに対して、身体が、段々、一緒になっていく、言うことを聞いてくるような、おかげを頂いていくと言う事がです。私は、信心じゃなかろうかと。なるほど、くぎづけではないと言うのは、そこんところが、進展してくる、進んでくるのではなかろうかという風に思うのです。どうぞ。